【コラム】「人はなぜ歌うのか」

 先日のある日、仕事場に向い歩いていると、何やら遠くから歌声が聴こえて来た。

 前を見ると、一匹の犬をつれた老女がソタッソタッと歩いている。耳を澄ますと、どうもそこから聞こえて来るようだ。引き寄せられる様に近づいてみると“ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ、お池のまわりに野ばらが咲いたよ、ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ”細い声だが楽しそうな声だ。私はうれしくなって思わず横に並んでソタッソタッと一緒に歩き始めた。気づいた老女は歌いながらニコッと笑い頭を横に振る。犬の方は何やらいぶかしげにこちらを見る。つられて私も頭を下げる。3,4歩あるくと次の歌が始まった。今度は“夕焼け小焼け”だ。当然私も一緒に歌いだす。もう何十年も前からこの人とこうやっている気がする。

 晩秋の夕暮れ時、一匹の犬と身知らぬ二人が“夕焼け小焼け”を歌いながら真黄色の銀杏葉を踏んで行く。歌の言葉以外何の言葉も交わす事のない二人。ひと 言も説明不要な至福の時が流れひびく…。“烏と一緒に帰りましょう”歌い終え、ゆっくり顔を見合わせ軽く会釈をして別々の方角に別れる二人と一匹…。

 人には歌いたい、という本能がセットされていると実感します。生きたい、寝たいと同じ様に。でも近頃は歌わない人(聴くだけ)が多くなったと聞きます。歌うということは、静かに魂が“生きたい”と叫ぶ事なのかと思います。